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税込39円のうちわけ〜アダルトチルドレンの克服日記〜

20代のひとりっ子アダルトチルドレンが、過去を振り返ったり、今を綴ったりします。

一番いいことばを頼む

誰よりも大切な人が珍しく落ち込んでいた。

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久々にあったその人は、私の知っているその人からほんの少しだけ変わっていた。

 

変わることは自然なこと。

でも、無理をしているように感じた。

 

たぶん、みんなそれぞれ問題を抱えていて、その重さは私にはわからない。

だからせめて、私が言える一番いいことばを伝えたいと思った。

 

無理はしないで。

自分だけで抱え込まないで。

自分を犠牲にしないで。

自分のことを、いちばんに考えて。

 

口にする前に気づいていた。

それは、今私が言ってほしいことばだった。

 

自分は誰にも相談しないくせに。

一人でいつも抱え込むくせに。

 

私はその人にとって一番いいことばを伝えたいのに。

私にとって一番いいことばしか、思いつかない。

引っ越しました

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引っ越しをしました。

 

ここ一週間は段ボールに囲まれて生活していました。

そして昨日なんとか引っ越しを済ませたところです。

 

新しい街。新しい景色。新しい出会い。

でも、場所が変わったはずなのに、私の部屋は私の部屋のままでした。

 

きっと、「中身」のほうも、そう。

場所が変わったって、簡単には変わらない。そのままの私がいる。

 

時間が流れてゆくことに、あったこともない人たちの言動に、いつも心を締め付けられるけれど。私を重ねていくことに、いつか意味を見つけられると信じて。

不安の海を漂うなら

不安が波のように押し寄せて、叫びたくなります。

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不安の原因を素因数分解してひとつひとつ確かめたのならば、気持ちの整理もできるのでしょうか。

ただ、追い詰められると、その「余裕」すらなくなってきます。

不安、不安、不安。

森田堂子を聴いて気持ちを紛らわせるのもそろそろ限界です。


森田童子 『ぼくたちの失敗』 Full歌詞 hanahana

 

じゃあ、いったい何がそんなに不安なのか?

今いちばん問題なのは何か?

解決策は?

 

「何が原因なのかもわからないけどなんとなくどうしようもなく不安」。自分でも笑っちゃいます。

おそらく、具体性に欠けること、漠然とした不安がいくつも重なっている状況こそが、一番の不安の原因ではないかと、余裕のない頭で思っています。

 

  • 引っ越しの準備を誰にも頼れないことが不安
  • 引っ越しに伴い慣れていた家具を手放す寂しさ
  • 馴染んできた街を去る寂しさ
  • 引っ越し先でうまくいくか不安
  • 少し高くなる家賃でしっかり生活していけるか金銭面の不安
  • 今の職をやっていけるのか、仕事への不安
  • 将来への漠然とした不安
  • 卒業式にちゃんと出られるか不安
  • 両親の離婚がどうなるのか不安
  • 祖父母たちがどちらの家を優先するのか迫ってくるストレス
  • 祖父母たちが社会人になったら金を送金しろと言ってくるストレス
  • 父親が母の悪口を言ってくる、自分の被害者アピールをしてくるストレス
  • 父親が「あとは自分で勝手に生きていけ」などと言ってくることへの不信感
  • 母親が自分のやっているボランティア活動に私を強制的に巻き込もうとすることへのストレス
  • 母が(私とは一度も将来のことなど話しもしないのに)従兄の将来ばかり心配して気を揉んでいることへの不信感
  • 緊急を要するメールを一週間以上無視していた母に対する不信感
  • 自分の子供の卒業式より学童保育のパートを優先する母への不信感
  • 不安を相談できるほど信用できる相手がいないことへのストレス
  • 大学の人に卒業式で会わなければいけない不安
  • 謝恩会に強制参加になることへの不安
  • 仕事に必要な資格試験に合格できるか不安

 

ざっくり書き出してみると、どうやらこの不安の多くは両親と親族が与えてくるストレスに起因するようです。そして解決策は、不安を人に聞いてもらうことみたいです。

 

週末に旧友にあったら、不安のしっぽを見せてみようかな。

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浅瀬でも、人は溺れます。早い水流に飲まれたり、小石に躓いて転倒したり。大切なのは、パニックにならないこと。

落ち着けば、足がつくことに気がつけば、周りが見えてきます。

 

大丈夫。私が溺れている場所は、マリアナ海溝じゃない。

美味しいおと

ひさしぶりに美味しい音を食べました。

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私は音を聞くと味を感じることがたまにあります。常に味がするわけではありませんが、意図せず強い味に出会うこともあります。

舌で味を感じるよりも、食べ物を噛み、飲み込むときに鼻に抜ける香りのような感覚に近いかもしれません。

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最近よく映画を観ます。映画館に行ったり、加入しているNetflixで観たり。(飛行機の機内でも何本か映画を観ました)

今日観たのはジャン・レノ主演映画「レオン」。

映画のエンディング曲が、「おいしかった」。血なまぐささの残る、燻らせた肉の味。歌詞も良かった。忘れないように残しておきます。

 

Sting - Shape of My Heart


Sting - Shape Of My Heart - Offiicial Video (High Quality)

 

He deals the cards as a meditation

(瞑想にふけるようにカードを配る男)

 

And those he plays never suspect

(彼を疑うものはいない)

 

He doesn't play for the money he wins

(金のためのゲームではなく)

 

He doesn't play for the respect

(尊敬を得るためでもでもない)

 

He deals the cards to find the answer

(答えを求め、彼はカードを切る)

 

The sacred geometry of chance

(神聖なチャンスに賭けて)

 

The hidden law of a probable outcome

(隠された確率の法則を求める)

 

The numbers lead a dance

(数字に魅せられて)

 

I know that the spades are the swords of a soldier

(スペードが表すのは 兵士の剣)

 

I know that the clubs are weapons of war

(クラブは武器のしるし)

 

I know that diamonds mean money for this art

(ダイヤのカードは現ナマを表す)

 

But that's not the shape of my heart

(俺のハートの形ではない)

 

He may play the jack of diamonds

(彼の札はカードのジャックか)

 

He may play lay the queen of spades

(あるいはスペードのクイーンか)

 

He may conceal a king in his hand

(手の内にはキングを隠し持っていて)

 

While the money of it fades

(忘れているのかも)

 

I know that the spades are the swords of a solider

(スペードが表すのは 兵士の剣)

 

I know that the clubs are weapons of war

(クラブは武器のしるし)

 

I know that diamonds mean money for this art

(ダイヤのカードは現ナマを表す)

 

But that's not the shape of my heart

(俺のハートの形ではない)

 

That's not the shape, the shape of my heart

(俺のハートの形ではない)

 

 

 

 

And if I told you that I loved you

(君を愛していると言ったら)

 

You'd maybe think there's something wrong

(君は信じないだろ)

 

I'm not a man of too many faces

(俺はいくつもの顔を持たない男)

 

The mask I were is one

(かぶっている仮面は一つだ)

 

But those who speak know nothing

(人は勝手な噂をする)

 

And find out their cost

(そのツケは回ってくる)

 

Like those who curse their luck in too many places

(不幸ばかり呪う奴らのように)

 

And those who fear are lost

(恐れていては勝てやしない)

 

I know that the spades are the swords of a solider

(スペードが表すのは 兵士の剣)

 

I know that the clubs are weapons of war

(クラブは武器のしるしだ)

 

I know that diamonds mean money for this art

(ダイヤのカードは現ナマを表す)

 

But that's not the shape of my heart

(俺のハートの形ではない)

 

That's not the shape of my heart

(俺のハートの形ではない)

 

That's not the shape, the shape of my heart

(俺のハートの形ではない)

 

私は友達が少ない

私は友達が少ないです。

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私が在籍している大学は、全学部を合わせると毎年1000人ほどが入学します。ざっくり計算しても、私と同じ時期に4000人を超える人間が同じ場所に出入りしていたことになります。

…それだけ多くの人がいるにもかかわらず。

 

私がこの四年間で友達になれたのは、たった1人です。

 

とんでもない打率です。ベンチを暖めることもできません。なんなら応援スタンドすら場違いです。もちろん小・中・高の友達も極めて少ないです。

なぜ私の「友達打率」はこうも低いのか。改めて振り返ってみます。

 

2:4:2:2の割合

以前、「人の好意」に関する記事を読んだことがあります。概要としては、

 

  • 出会う人間のうち、最初の2割の人は無条件にこちらを好いてくれる
  • 次の4割の人は自分を好意的に受け入れてくれる
  • 3番目の2割の人はどちらかというと好きではなく、積極的に関わりたくない
  • 最後の4割は最初からこちらのことが嫌い 

 

まとめると6割は好意的だよやったね!ワッショイ!というオチになるのですが、この割合、どう考えても私が生きてきた20数年間の実体験と噛み合っていません。

なぜでしょう。

 

  • 友達を「つくる」ための努力をしなかった
  • 友達の関係を維持するために、努力が必要だと考えていなかった

 

月並みですが、上記点が要因ではないかと思います。私は、友達は「つくる」ものではなく、自然発生的に「なる」ものだと思っていました。なんの努力もしなくても、同じ場所に毎日通っていれば、自然と「なっていた」。

 

受け身だったんですね。

 

でも、今になって、ようやく分かってきたことがあります。人と人のつながりって、ほとんどの場合、時間が経てば自然と薄くなっていくのですね。変わらないんじゃなくて。深まっていくのでもなくて。ただ、はなれてゆく。

 

それが自然なことなのでしょう。

惹かれ合えばくっついて、心が変わればはなれてゆく。出会いも、別れも、身体が先か、心が先か。どちらもあるでしょう。ずっと同じ関係が続くことの方が、きっと不自然なことなんだと思います。

 

意思がなければ、自然に抗って「友達」をつづけることはできない。

 新しい人と出会うのは「自然なこと」。

そして、忘れて、離れてゆくのも「自然なこと」です。

 

 

変わらず、友達であること

もうずいぶん昔の話です。

私が中学生の頃、私には3人の友達がいました。

私たち4人は家庭環境や家族構成、趣味や性格もまるで違い、血液型もバラバラ。A、B、O、ABときれいに分かれていました。

それでも4人でいると不思議とウマが合い、いつも一緒にいました。

 

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いつだったかは忘れましたが、元旦に4人で校舎にもぐりこみ、フェンスにもたれかかって初日の出を眺めたことがあります。眩しい朝焼けを眺めながら、何を話したのかはもう覚えていません。ただ、その日の情景を、今も鮮やかに覚えています。

 

彼女たちと出会ってからもう10年ほど経ちます。

普段は全く連絡をしませんが、数年に1度、誰かが「そろそろ会おうか」と言うと、手早く予定を合わせて集まります。

 

矛盾ですね。

彼女たちとは、変わらず友達であることが「自然なこと」なのです。

 

場所が離れることや、時間が流れることは、信仰にとって脅威ではありません。私は彼女たちを無償で信じています。自分以外の誰かを無償で信じることは、ときに自分自身への救いとなり得ます。

 

 

無償の友情、有償の友情

友達を「つくろう」とすれば、そこには作為がうまれます。

作為はエゴにつながりやすい。エゴを持てば、無償の信頼は生まれません。

友情には「無償の友情」と「有償の友情」の2種類があると思います。

 

私は人を信じ、まごころを捧げ、永遠を紡ぎたい。

 

 

 

夜間飛行

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深夜の飛行機に乗って、ジョグジャカルタの街を後にした。眼下には極彩色の夜景が広がる。

 

大通りを行き交う車が連なり、脈を打つ。大通りは動脈。毛細血管が無数に広がり、街は静かに息づいている。

信長や秀吉、家康さえ夢想だにしなかった世界に、私はなんの苦労もなく至った。

 

「夜間飛行だね」

 

呟くように話しかけると、友はにやりと笑った。

きっとこの視点は、人よりも神に近い。私は神を知らない。それでも私は、間違いなく何者かに「生かされて」ここにいる。

地上数百メートルから見下ろせば、人の姿など虫のさざめきに過ぎぬ。愛し合おうが、殺し合おうが、たいした問題ではないのだ。

 

同じ時代に生まれた、私よりもはるかに有能な人間が、若い人間が、何人も死んでいく。世界は徹頭徹尾、不平等だ。有能な人間が早死にしたところで、それすらこの視点から見るならば「たいしたことはない」のだろう。

 

無数に蠢く生命体の、そのいくつかが世界を繋げるならば、それで未来は繋がってゆく。そんな存在に化ける一抹の、ほんのわずかな期待と見込みのもと、私は今日も生かされたのだ。

荷が重い

「やるべきこと」が重く背中にのしかかっていて、今すぐにでも潰れそうです。

 

ジャカルタで慣れない食事をしたためか、酷い下痢と吐き気に襲われました。さらに生理日が重なり、頭は朦朧としていました。でも日本に帰らねばならないので、急遽現地の病院にかかり、薬を貰って症状を抑え、ジョグジャカルタ空港に向かいました。

 

ジョグジャカルタでスコールに巻き込まれ、ジャカルタでの乗り換えに失敗しました。ジャカルタ市内で足止めを食らい、日本への到着が丸1日遅れました。

 

母は一昨日から1人で北海道へ旅行に行ってしまいました。実家には犬が一匹、放ったらかしになっています。1日到着が遅れる旨を母にメールしましたが、1日経っても返信はありません。

 

私が面倒を見なければ行けません。先ほど日本に到着したので、そのまま実家に向かいます。スーツケースはどうするのか?

 

新居の引越しの準備も進めなければいけません。住民票や、印鑑証明書を取って...。荷造りをして、いらないものを捨てて...。

 

それから、仕事で使う資格を3月中に取得するために勉強もしなくては…本当に合格できるのか?不安です。

 

月曜からは仕事に復帰しなければなりませんが、火曜まで母は帰ってきません。スーツケースはどうするのか?月曜の出勤はどこから?でも朝の散歩はしなければ…。出勤したら、手ごわい仕事にまた取り組まねばなりません。上手く出来るのか?ああ…

 

卒業式は自分一人で出るのですが、大学から何も連絡が無いことが不安です。大学に友達はいません。

 

父とは最低限の連絡しか取れません。母には電話が繋がりません。以前は大学のカウンセラーさんに話を聞いてもらうことができましたが、今は大学は立ち入り禁止期間。それもできません。

 

祖父母は両親の肩ばかり持ちます。兄弟はいません。

 

お腹が痛くて、心も痛くて、なんだか疲れてしまいました。私が動かなければ何も変わらないことは分かっていても、もう疲れた。考えるのが面倒です。

 

なんでそんな状態で旅に出たのか?...だって、じっとしてたら耐えきれないからです。身体と心を忙しさで追い詰めて、考える暇を奪わなければ、悲しくて生きられないからです。

 

どんどん悪くなっていきます。 なんでここにいるんだろう。なんでこうなっちゃうんだろう。ここからだ、と思えないんです。こんなことだから駄目なんですね。